クラクフ回顧
クラクフに行ってきた.(2005年3月末)ここはポーランド王国最盛期(14-16世紀)に首都であったところで,現在,ポーランド第二の都市である.ボヘミアのプラハやオーストリアのウィーンとともに,現存する街そのものが文化遺産となっている.
主たる目的は,開放60年を期に,アウシュビッツ収容所を訪ねることであった.オシュフィエンチム,ビルケナウの二つの収容所跡を見てきたが,あまりの罪の大きさに,それを振り返ることすらできなくなっている.いずれ冷静になれた時に,回顧したいと思う.
ここに掲載する写真は,クラクフの街の中心,中央市場広場の織物会館の回廊から聖マリア教会を見上げたものである.中世ヨーロッパの街には,たくさんの塔がそびえ立っている.警備監視のために多少の役割はあっただろうが,これほどの高さを与え,しかも威容を持たせる必然性がどこにあったのか,わたしには理解できなかった.
夜のこの写真を見てもらえば少しは理解していただけるかと思うが,この造形は,美しいというより,奇怪である.塔は,人間の心に「安寧」や「満足」を与ているのではなく,「異質感」「猜疑心」といった,落着きの無い「畏怖」のような感情を引き出そうとしているように思える.人間に,人間以外の,しかも,人間の上位に明確に位置取る,解析不能のエネルギーの存在を知らしめようとしているようにも感じる.
かつて,モンゴル兵の来襲を知らせるためのラッパを鳴らしていた警備兵が,弓矢で喉を射られた故事にならって,この塔のどこかで,毎時に演奏されるラッパのメロディが,途中でプッツリと途切れてしまう.これは果たして,哀惜の想いか,あるいは怨念か.
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